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東京高等裁判所 昭和45年(う)749号 判決 1970年6月22日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数のうち四〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中川恒雄作成名義の控訴趣意書および控訴趣意補充書、弁護人荒川正一作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

弁護人中川恒雄の控訴趣意書第一および控訴趣意補充書、弁護人荒川正一の控訴趣意書の各論旨について。

一、各所論はいずれも原判決は原判示第四、第八、第一五において強盗致傷罪の認定をしたが、これらは強盗罪に該当せず、窃盗罪と傷害罪、あるいは窃盗罪と過失傷害罪との各併合罪として認定されるべきであつたから、右は判決に影響を及ぼすことの明かな事実誤認があるというのである。

しかし原判決挙示の各関係証拠によれば、右の強盗致傷三回を含めて原判決事実のすべてを充分に肯認しうるし、なお原記録を検討し、当審における事実取調の結果を検討しても、原審の事実認定には誤認を疑わしめるに足る形跡を発見しえないのである。

二、所論は原判示第四、第八、第一五の事実についても、被告人の意思内容は、あくまでも自動車を利用して相手方のハンドバツグをひつたくろうとする窃盗の犯意であつたのであり、強盗の犯意も強奪行為もなかつたというが、原判示に徴するも、原判決が強盗致傷事実についても、他の窃盗、同未遂の事実と同様に、当初被告人は窃盗の犯意をもつて犯行に着手したが、犯行の進展過程によつて各強盗致傷罪が成立したと認定したことは、充分に窺えるところである。

そして、関係証拠に徴せば、これらの三個の事実を通じていえることは、当初被告人は夜間人通りのない場所で自ら普通乗用自動車を運転して通行中の女性に近付き、声をかけてその注意をそらせたり、また女性のハンドバツグに矢庭に手をかけ、相手方の驚いた隙を利用して、それぞれ女性が所持するハンドバツグをひつたくつて窃取するため自動車の窓からハンドバツグの、さげ紐をつかんで引つぱつたが、相手方がこれを奪われまいとして離さなかつたため、更に奪取の目的を達成するためハンドバツグのさげ紐をつかんだまま自動車を進行させ、ハンドバツグを離そうとしない女性を車もろとも引きずつて転倒させたり、車体に接触させたり、また道路脇の電柱に衝突させて女性に暴行を加えてその反抗を抑圧し、その結果ハンドバツグを奪取したが、その際相手方に傷害を加えた犯行であることが、明らかである。

三、従つて、以上の場合、被告人はひつたくりの窃取に失敗したことから、強盗に変じて奪取の目的を達成したのであつて、その過程において強盗の犯意を生じたことが認められる。

所論は、相手方の反抗を抑圧するに足る暴行はなされていないというけれども、前掲の事実に徴するも、被告人はその運転する自動車を単に相手方の物色用ないし事後の逃走用として利用したものではなく、自動車のボデイの重量体と自動車のスピードを犯行に利用し、特に夜間人通りが少い場所で女性から無理にハンドバツグを奪いとろうとする行為をなしたのであつて、被害者の女性がハンドバツグを手離さなければ、自動車に引きずられたり、転倒したりなどして、その生命、身体に重大な危険をもたらすおそれのある暴行であるから相手方女性の抵抗を抑圧するに足るものであつたというべきである。

四、以上のごとく本件については窃盗の着手をもつて始まつたが、目的達成のため強盗致傷に発展したのであるから、当初の窃盗未遂は吸収されて一個の強盗致傷罪が成立したと解するを相当とし、原審が同罪の認定をした点につき、なんら事実誤認ないし法令の適用の誤はなく、論旨はすべて理由がない。

弁護人中川恒雄の控訴趣意書第二の論旨について。

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというのであるが、記録を精査し、且つ当審の事実取調の結果をも斟酌し、これらに現われた本件各犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性格、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件各犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察するに、(一)被告人は夜間、人通りのない場所で通行中の女性から金品をひつたくろうとして次々これを実行し、昭和四四年九月一一日から同年一一月一二日までの間に強盗致傷三回、窃盗一〇回、窃盗未遂二回を犯したものであり、被害者数、被害金額、犯行回数からいつても軽視しがたいこと(二)被告人は自動車を自ら運転し、自車を相手方の物色、相手方の反抗抑圧、事後の逃走の各手段に利用したのであり相手方が所持のハンドバツグを奪われまいとして行動するとき、原判示のごとく特に危険をはらむものであつて、手段方法は誠に悪質であること(三)これらの通り魔的な多数の犯行のためにその地域の婦女子のみならず、一般住民に与えた不安、危惧の念は非常に大きかつたこと(四)被告人は、この種の犯行に類することを、以前新聞でよんだことがあつたことから本件を思い立つたというが、このことからも自動車を利用した、この種の犯行は伝播性、模倣性をもつていることが明らかであること(五)犯行の動機は、妻と別れて愛人と同棲していたため、妻への送金、愛人との同棲費用の一部に充てるためであつたことに徴するとき、被告人に対する刑責は重いといわねばならず、所論が指摘する被告人に有利な諸般の情状を斟酌しても、被告人に対する原判決の量刑はやむを得ないものであつて、不当に重いとは考えられないから、論旨は採用しえない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により、これを棄却することとし、なお刑法第二一条に従い、当審の未決勾留日数のうち四〇日を原判決の本刑に算入し、主文のように判決する。

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